▶キッカケとは、自分がそう思うからこそキッカケになるのだという。そんなことが加藤諦三の本に書いてあった。大学での人間関係について思ったことを文章化してみた
▶大学で、私はとある体育会系の部活に所属している。気付けば、そのフィールドに足を踏み入れてから2ヶ月が経っていた。自分の限界に直面する中で、日々の練習の時間は過ぎてゆく。その部活の関係で、先日、都内で行われたクラシックコンサートのお手伝いをする機会があった。そこで同期や先輩と関わる中で、考えたことがあった。それは、能動的人間関係についてである
▶その人が自分にとってどんな人であるのかによって、接し方は変わってくるのだろうか。先輩であるから、敬語を使う。先生であるから、指示に従う。同学年であるから、タメ口で話す。おっと、この例えは「行動」である。そもそも接し方とは何だろう。それは、自身がいかなる態度でその人に向き合うかを指すと私は考えている。能動的人間関係というアイデアの源泉は、まさしくここにある
▶要は、その人から何を吸収したいかということだ。確かに、傍にいてくれるだけで良いという友人もいる。それは素晴らしいことだ。ただ、私の望むことは、誰に対しても、自分にないユニークなものを持っているという尊敬を持って関わることである。「マジメくんか」!私は心の中でツッコミをいれた
▶ここで、私がクラシックコンサートにて目にした3人の先輩の姿を言葉にしてみたい。まず、先輩Aは同い年の仲間を全体の場で平然と注意していた。それも、外部の人への挨拶のこと、つまりモラルの件で、である。私はその光景を目の当たりにして思った。こうして注意を出来るのも、自身のスタンダードを確立しているそして仲間を大切に思っているからこそである、と。先輩Bは、今月末に迫った大会まで時間が無いことについて、危機感を抱いていた。当たり前のことであるかも知れないが、ここに私はリーダーシップを見た気がした。仲間を大切にすることは前述の通りだが、だからこそ率いる人間は自分を追い詰めるのだろう。そうであるから指導する者は時に孤独なのかも知れない。最後に、先輩Cは私にこう言った。「この水準に到達出来ますか?したいですか?この1ヶ月で見せて下さい」と。この言葉を聞いた時、私はハッとした。事実としてあと1ヶ月という成長の為の期間が与えられていて、それをいかに活かすかは自分次第であると
▶先輩の中には、あと数ヶ月で部活を卒業してしまう人もいる。そして、来年の今頃には私にも後輩が出来ている。それを思うと、限られた時間の中でやるべきことが多くあるなと感じ、今にも押しつぶされそうな心持になる。ただ、内なる声は言う。現在置かれた環境を受け身で捉えてどうするのか、と
▶結論はこうである。人間関係は自身の目標に合わせて調整が可能だ。というよりも、ある程度の意識を持った友人関係は素晴らしいものだと思う。
「悪い交わりは、良いならわしをそこなう」。
▶接している人が価値あるものを持っているのだとしたら、その人は大事にせねばならない。それを一見持っていない様に見えたとしても、すぐその人を断定するべきではない。交わりを重ねなければ分からないその人のストーリーがあるのだから
▶前述のコンクルージョンさえも長くなってしまった。最後にこの文章で言わんとしていたことを一言でまとめることとしよう:
どんな人にもその人が生きる中で紡がれて来た物語がある。人と関わることの本当の美しさは、そこを知り、相手から学ぼうとする謙虚な気持ちが生まれる所にある。
おわり

